100円カードダスをご存知だろうか?
ムシキングやおしゃれ魔女ラブ&ベリーと言えば、ピンと来る人が多いかと思う。
当時、小学生だった私はムシキングに熱中していた。週末になれば、ムシキング目当てで親の買い物に付き添い、親から100円玉を渡される機会を伺っていた。
その日も、親から受け取った100円玉をムシキングの筐体に入れ、お気に入りのコーカサスオオカブトで戦いを挑んでいた。
敵の一体目は撃破。次の対戦相手がやってくる。相手はヘラクレスオオカブト、強敵だ。
何を出すべきか? グーか、パーか、それともチョキか? ムシキングの筐体を前に、脚を組み替えながら持ち時間の10秒を使って考える。
グーだ!
勝てた。コーカサスオオカブトのダゲキ技がヘラクレスオオカブトにヒットする。次はパーを出して負け、その次はチョキを出して勝った。
勝負も中盤戦、あともう一押しという場面。勝負のボルテージは最高潮に達していた。
しかしこの時、次のジャンケンに何を出すか?なんてことを私は考えていなかった。いや、考えられなかった。
私が考えていたのは、この場でおしっこを漏らしてでも勝つか。それとも勝負を放棄してトイレに駆け込むか。少年の小さな膀胱は、パンパンになっていたのだ。
ジャンケンの手を急かすように、画面上で10.9.8.7…と数字が進んでいく。それはもう失禁へのカウントダウンのように感じられた。
悩んでないでトイレ行きなよと、大人になった今は思うが、当時の100円は大金で、ムシキングは親の買い物に付き添う週末しか出来なかった。そんな貴重なチャンスを逃せるわけがない。
じゃあ漏らしてでもゲームを続けるの一択じゃないの? と思ったアナタ。まだ続きがあるから焦らないでほしい。
弟が、後ろで見ていたのだ。
このことが、私の頭を大いに悩ませた。小学生は、弟に対して特にブイブイ言わせる時期だからだ。
弟が買ってもらったゲームを弟より先にやるし、家の鏡を割った罪を、弟に着せた事だってある。
でも、弟に変な絡み方をしてきた奴は許さなかったし、弟の前ではカッコイイ兄貴でありたいと思っていた。
尿意のコントロールに機能の9割を奪われた頭で、必死に抜け道を探す。
……閃いた。
そして、私はその場でおしっこを漏らした。言い訳できないくらいに、ちゃんと漏らした。周囲がにわかにざわつき出す。誰かが、「おしっこだ!」と叫んで何処かに走っていった。
しかし、私は動かなかった。画面から一切目を離さず、ヘラクレスオオカブトととの死戦を繰り広げていた。
ヨダレが垂れていることにも気づかないほと、深く集中している。という表現を見たことはないだろうか?
私は、おしっこが漏れていることにも気づかないほど、ムシキングに集中していた。そういうことにすれば、カッコよくこの急場を凌げると思ったのだ。
ヘラクレスオオカブトに勝利し、プレイが終わった後、ハッとした顔で弟に訊ねる。
「え、この濡れてんのなに?」
「にいちゃんが、漏らしたよ。」
その後の事は、よく覚えていない。
何となくだが、母親が情けない背中で、店員さんと床を拭いていたような気がする。
動かざること山の如し。
どうも私には、「どっしり構える」という意味が、しっくり来ない。